広島地方裁判所 昭和36年(モ)65号 判決 1963年1月28日
申請人 児島弘 外八名
被申請人 社会福祉法人広島厚生事業協会
主文
一、当裁判所が申請人らと被申請人間の昭和三五年(ヨ)第四六八号仮処分申請事件につき昭和三六年一月一九日になした仮処分決定はこれを認可する。
二、訴訟費用は被申請人の負担とする。
事実
第一、当事者双方の求める裁判。
申請人ら代理人は主文同旨の判決を求め、被申請人代理人は「当裁判所が昭和三五年(ヨ)第四六八号仮処分申請事件につき、昭和三六年一月一九日になした仮処分決定はこれを取消す。申請人らの本件仮処分申請を却下する。訴訟費用は申請人らの負担とする。」との判決を求めた。
第二、当事者双方の主張。
一、申請人ら代理人はその申請理由を次のとおり述べた。
(一) 被申請人は従業員八七名を擁する精神病院「広島静養院」を設けて医療事業を営むものであり、申請人らはいずれも被申請人の従業員であつて毎月二八日にその月分の給料として別紙債権表記載の賃金(申請人児島については昭和三五年六、七、八月の平均賃金、その余の申請人らについては同年一〇、一一、一二月の平均賃金)の支給を受けており、且つ従業員で組織されている広島一般労働組合広島厚生事業協会支部(以下単に組合と略称する)の組合員である。
(二) ところが被申請人は昭和三五年六月一一日、申請人児島に対し左記(1)の事由により同日付で同人を懲戒解雇する旨、及び同年一二月一三日、その余の申請人らに対し左記(2)の事由により同日付で休職処分に付する旨、それぞれ通告した。
(1) 申請人児島に対する解雇事由
(イ) 大学に入つていないのに大学に通学した如く履歴を詐称して就職し優位な俸給を取つていたこと。
(ロ) 右の件を指摘されたとき、自ら被申請人協会の備えつけ書類中より自己の履歴書を無断で抜取り書きかえた履歴書を無断でそう入したこと。
(ハ) 会計係の職務を利用して公金の横領、寸借詐欺等刑法に触れる行為をしたこと。
(ニ) 昭和三五年三月三日谷本工業株式会社の労働争議の際、その団体交渉にのぞみ乍ら、出勤した如く上司を欺いて当日の賃金を不当に取得したこと。
(2) その余の申請人らを休職処分に付した事由
就業規則第五六条の二第一項第二号、即ち職員が刑事々件に関し起訴されたときは休職とする旨の規程による。
(三) しかしながら、申請人らに対する右処分は以下の理由により無効である。
(申請人児島について)
(1) 申請人児島が昭和二九年一一月被申請人に雇傭されるに際し、真実日本大学で修学(中途退学)したことがないのに拘らず、同大学を中途退学した旨の履歴書を被申請人に提出したことは事実であるが、これは当時被申請人の理事であつた井上武一の指示によるものであつて、同人の了解していたところであり、更に昭和三四年一二月二〇日この点を労使で話合つた結果、双方共に了解し合い、解決がついている。又大学中途退学という経歴によつて不当に優位な俸給を受けた事実はなく、採用時の給与は月額八、三〇〇円であつた。後に履歴書を訂正したのも森常務理事、駒田事務局長の了承を得て行つたもので無断でした訳ではない。詐欺横領の点は昭和三四年七月当時の静養院の管理者であつた松岡院長の承認を得て組合員に夏季手当を支給した事を指すものであつて何らの違法はない。この事実については被申請人の告訴にも拘らず、広島地方検察庁において昭和三六年五月不起訴処分になつている。又谷本工業株式会社の争議に参加したのも駒田事務局長に届出てあり、被申請人の言う如く賃金を不当に受取つた事実はない。以上要するに被申請人が解雇事由として主張する事実は全く存在しない。
(2) 仮に右解雇事由が存在したとしても、昭和三五年五月二二日、被申請人と申請人らの属する組合及び広島県知事の三者をもつて、被申請人と組合間の紛争を解決するため、三者協議会(以下三者協議会という)が設置され、右協議会において争議の解決、新たな紛争の防止を協約し、同年六月二一日広島県知事代理同県労政課長後藤忠夫立会の下に、(イ)六月一一日の申請人児島に対する解雇通知、及びそれに対する組合のスト予告はその効力を同年九月三〇日迄発生させない。(ロ)紛争はすべて三者協議会で処理する、協議の整わないものは一切実施しないことなどが組合と被申請人との間において確認され、その旨の確認書(甲第一〇号証)が作成された。これにより被申請人と組合との間では、申請人児島に対する右解雇の効力は昭和三五年九月三〇日まで停止されその後の処置は右協議会が協議決定することになつた。ところが三者協議会は同年八月一〇日、被申請人が協定違反行為を固執して撤回せず、協議会の開催を不能にしたため、その機能を発揮することが出来なくなつた。従つて一〇月一日以後の処置については未だ協議が整つていないのであるから、申請人児島に対する解雇の効力は発生していない。
(3) 仮に前項の主張が認められないとしても本件懲戒解雇は不当労働行為として無効である。
申請人児島は昭和三一年組合結成以来その書記長となり、その後組合支部長に就任すると共に、広島一般労組副組合長として組合の数次の争議を指導し、昭和三五年二月広島一般労組に属する谷本工業の争議を積極的に指導した。このため被申請人はこれ迄児島に対して再三解雇とその撤回を繰り返しており、児島の属する組合員に対しては昭和三五年三月の年度末手当、同年八月の夏季手当を支給せず、更に被申請人協会理事長向井は昭和三四年六月組合員の元田、尾崎を饗応して第二組合を作らせた外、組合に対して様々の攻撃を加えている。以上の諸事実から申請人児島に対する懲戒解雇が同人の組合活動及び昭和三四年七月より一二月に至る迄の争議行為に対する報復行為であつて、組合の弱体化を狙つた不当労働行為であることは明らかである。
(4) 被申請人は昭和三四年一二月一九日、申請人児島を今回と同様の理由で解雇し、翌二〇日にはこれを取消し、昭和三五年六月一一日同一理由で本件懲戒解雇をしたのであるが、既にこの解雇事由は一度取消されたことにより治ゆされており、同一理由で懲戒解雇するのは懲戒権の乱用として無効である。
(5) 組合と被申請人との間で昭和三一年二月四日締結された労働協約によれば人事に関しては労使双方で協議することになつている。そして右協約は昭和三四年一二月二六日の協定書により昭和三五年六月三〇日迄効力を有しているのであるから、本件懲戒解雇についても組合との協議を経なければならないのに拘らず、何らその手続をふむことなくなされたものであるから、この点で労働協約に違反し、労働組合法第一六条に照して無効である。
(6) 本件懲戒解雇は就業規則に違反して無効である。被申請人の就業規則第五八条によれば、従業員を懲戒処分に付するには人事委員会を開き、出席者の三分の二以上の議決が要件となつている。懲戒処分のような重要な処分については右議決は効力要件と解すべきであるが、本件解雇は人事委員会の議決を経ていないから無効である。
(7) 仮に本件懲戒解雇が有効であるとしても、解雇後である昭和三五年六月二一日、前示三者協議会において確認せられたところ(本段(2)項記載)により本件解雇は取消されている。すなわち、同日爾後相手方の同意なくしては処分しない旨の協定が労使間に成立したのであつて、本件解雇の効力を昭和三五年九月三〇日まで発生させない旨の確認条項は、本件解雇を組合の同意を付款とする停止条件付解雇の意思表示に変更したものとみるべきもので、その意味で本件解雇は取消されたのである。
(申請人児島以外のその余の申請人について)
(1) 本件休職処分についても前段(2)項記載と同様な理由で未だ三者協議会の協議が整つていないから、その効力は発生していない。
(2) 被申請人が本件休職処分の根拠とし昭和三五年一一月二五日付就業規則の改正は次の理由により無効である。
(イ) 本改正は、三者協議会の前記協定成立後になされたものであるが、三者協議会のその後の協議が整わないうちに改正されたものであるから、前記確認条項に定めた基準に違反するものであつて、労働組合法第一六条により無効である。
(ロ) 本改正は、改正当日申請人らが暴力行為等処罰に関する法律違反で起訴されたことに対処するもので、申請人らに対する処分を目的とするものであるが、その本意は組合の中枢である申請人らに打撃を与えようとするもので、組合に対する支配介入であり、これは労働組合法第七条第一項第三号に違反し無効である。
(ハ) 就業規則の改正は労働基準法第九〇条によつて組合の意見を聞かねばならないこととなつているが、被申請人は昭和三五年一一月二五日付書面で組合に対し同月三〇日迄に回答されたい旨照会しながら規則の付則で同月二五日より改正規則を施行する旨定めており、これは実質的には組合の意見を聞かずに改正施行されたものというべく、従つてこの改正は同条に違反し無効である。
以上いずれにしろ本改正は無効であるから、この改正後の就業規則による本件休職処分は無効である。
(3) 仮に右就業規則の改正が有効であるとしても、その改正の効力が生ずるのは、改正についての組合に対する照会期限の末日である昭和三五年一一月三〇日である。ところが申請人らに対する起訴は同月二五日であるから、本件の如き休職処分は改正就業規則を遡及適用してはじめてなしうるものである。しかし、従業員に不利益な就業規則の遡及適用は許されないから、これを遡及適用してした本件休職処分は無効である。
(4) 本件休職処分は実質的には懲戒処分と異らないのであるから、前段(6)項記載と同様の理由により本件休職処分についても人事委員会の議決を要するが、本件処分はこれを経ずになされたから、無効である。
(5) 本件休職処分は不当労働行為であつて無効である。申請人らはいずれも組合の職場委員として積極的な組合活動をしており、前記起訴も被申請人の理事者との交渉現場において発生した事件を対象としたものである。これは被申請人が申請人らの組合活動そのものを理由として不利益な処分をしたものであり、不当労働行為である。殊に被申請人の実力者である谷本常務理事は右の起訴事実の被害者とされており報復的意図が明白である。なお昭和二八年当時の被申請人の理事長井上武一並に副院長増田徳幸が横領罪で起訴されながら何らの処分をなされなかつたことに比しても、その差別待遇が明らかである。
(6) 公務員におけると異り、私企業においては従業員が刑事々件で起訴されても事務遂行には何らの支障はなく、又企業の信用を失墜したことにもならない。それにも拘らず、就業規則を改正して申請人らを休職に付するのは処分権の乱用であつて無効である。
(四) 以上の理由により申請人児島は依然被申請人の従業員である地位を、またその余の申請人らは休職(賃金の半額しか支給されない)でない地位を有しているものであるから、いずれも従業員として従来と変らぬ処遇を受くべきところ、被申請人はこれを認めず、且つ申請人らに対し、毎月受くべき別表記載の賃金の支払をしない。しかしながら、申請人らは被申請人から受ける賃金収入の外に格別の収入がなく、前記の賃金を受けなければ日日の生活にも事欠く状態にあり、本案判決によつて救済を受ける迄その窮境を受忍できない実状である。そこで申請人らは、著しい損害を避け、且つ急迫な強暴を防ぐために、被申請人に対し、申請人児島については同人を従業員として取扱い、且つ昭和三五年九月一日から本案判決確定に至る迄、毎月二八日別表記載の金員の支払を、その余の申請人らについては、同人らを休職中でない従業員として取扱い、且つ昭和三六年一月一日から本案判決確定に至る迄、毎月二八日別表記載の各金員の支払を命ずる旨の仮処分を求めるため、本件申請に及んだのである。
二、被申請人代理人は答弁として次のとおり述べた。
(一) 申請人らの主張事実中(一)のうち申請人らの平均賃金を除くその余の事実、(二)の事実は認めるが、その余の事実は否認する。
(イ) 申請人児島の懲戒解雇事由として挙げた同人の所為は、極めて不徳義且つ破れん恥なものであり、いずれも就業規則第五七条の懲戒規程「本協会の名誉を毀損し、又は不都合な行為があつたとき」にあたるので、これにもとずいて同人を解雇したものである。また申請人ら主張の三者協議会は昭和三五年八月二五日解消したが、これにより先に停止されていた申請人児島に対する解雇の効力は再び発生した。即ち昭和三五年六月二一日三者協議会において交わされた確認書の趣旨は同年九月三〇日迄申請人児島に対する解雇の効力を停止して話合うが、もしこの話合がまとまらないときは元の状態に復帰するというのであつた。従つて同年八月二五日に本件解雇の効力は発生しており、仮にそうでないとしても、遅くとも同年九月三〇日の翌日である一〇月一日には解雇の効力が再び生じている。
(ロ) また児島以外のその余の申請人らを休職処分にしたのは、改正により昭和三五年一一月二五日から効力を生じた就業規則第五六条の二第一項第二号にもとずいたものである。なお右改正の効力が、仮に同年一一月三〇日から生ずるものであるとしても、被申請人が右申請人らを休職処分に付した同年一二月一三日においても申請人らに対する起訴の効力は維持せられていたのであるから、改正規則の効力を遡及させたことにはならない。
(二) もし、三者協議会における前記確認書の趣旨が、同協議会の話合が出来る迄児島に対する本件懲戒解雇の効力は絶対に発生しないというのであれば被申請人はこの確認書に署名しなかつた筈であるから、被申請人の意思表示は錯誤によるものであり、且つこの錯誤は意思表示の重要な部分に存するから右意思表示は無効である。
(三) 仮に就業規則第五六条の二第一項二号による休職処分が許されないとしても刑事々件で起訴された場合は従来から存した前記就業規則第五七条に該当するからこれによつても懲戒解雇でき、またたとえこれができないとしても被申請人の幹部に暴行を加えた者が被申請人協会において業務を執ることは適当でないので、就業規則第三七条第四号「その他本協会の事業により必要と認めたとき」の規定(この規定は改正されたものではない)により解雇できるのであるが、判決前のことであつたため休職処分としたものである。解雇し得る場合に、より軽い休職処分に付することは当然為し得るところであるから、本処分は相当であつて何ら違法な点はない。
(四) 仮に原決定が相当であつたとしても、被申請人は右決定後組合の不当な争議行為に対抗して、昭和三六年一月二〇日事業場閉鎖を行つたので、保安要員でない申請人らには少なくとも同日以降賃金支払義務はない。よつて、その部分の支払をも認める原決定は右事情の変更によつて取消されるべきである。
(五) 申請人沢田を除くその余の申請人らは、昭和三七年五月一五日広島地方裁判所において、被申請人専務理事谷本弘、事務局長駒田二郎に対し暴行を加えた罪により有罪判決を受けたが、かかる被申請人幹部に対する暴力行為が懲戒事由に該当すること明らかである。右の如き申請人らに対し、原決定の命ずる如く通常の従業員として取扱い賃金を支払うことは、被申請人にとつて異常な損害であるから、原決定は特別事情により取消されるべきである。
(六) 以上の被申請人の主張がいずれも理由がないとしても、申請人らには受取るべき供託金があるし、更には組合から多くの資金カンパを受け、又労働金庫からも生活資金を借入れているので、当面生活に困ることはなく、従つて申請人らには仮処分を求めるべき必要性はないから申請人らの本件仮処分申請は失当である。
三、申請人ら代理人は被申請人の主張に対して次のとおり述べた。
被申請人の主張事実中(五)のうち、申請人沢田を除くその余の申請人らが被申請人専務理事谷本弘に暴行を加えたことにより、被申請人主張の日広島地方裁判所において有罪判決を受けた事実は認めるが、その余の事実は否認する。
第三、疏明<省略>
理由
一、被申請人が精神病院「広島静養院」を設けて医療事業を営むものであること、申請人らはいずれも被申請人に雇傭され、且つ被申請人の従業員で組織されている広島一般労働組合広島厚生事業協会支部の組合員であること、昭和三五年六月一一日、被申請人は申請人児島に対し、同日付を以て申請人ら主張の如き事由により同人を懲戒解雇する旨、また同年一二月一三日、申請人ら主張の如き理由でその余の申請人らをいずれも休職処分に付する旨各通告したことは、当事者間に争がない。
二、そこでまず申請人らが右各処分を受けるに至つた経緯をみるに、成立に争のない甲第一ないし第八号証、第一〇、第二八、第二九、第三〇、第三四、第三七、第三八、第三九、第四一、第四五、第四六、第四七、第四九号証、第五〇ないし第五三号証、第五五、第七一、第七九号証、乙第八、第一〇、第一一号証、弁論の全趣旨により成立の真正が疏明される甲第五六、第六二、第七二号証、乙第九、第一三号証、証人佃友一の証言、申請人児島弘本人尋問の結果及び弁論の全趣旨を綜合すると一応次の事実が認められる。
組合と被申請人は昭和三四年六月頃から新たな労働協約の締結及び昭和三四年度夏季手当、昭和三三年度年度末手当の支給等をめぐつて紛争を続けていたが、同年一二月二六日これ迄の紛争を解決するため広島県地方労働委員会から提示された調停案にもとづき、双方の間に次の如き協定が成立した。
(1) 双方とも調停案を受諾すること。
(2) 組合と被申請人は労使関係の安定に関する暫定措置として、昭和三一年二月四日締結された労働協約を新協約締結まで(ただし、期限は昭和三五年六月末日とする)使用すること(ここに使用とは実施のことである)
(3) 夏季手当、年末手当及び三三年度末手当は引続き誠意をもつて協議決定する。
(4) 事業の公共性に鑑み、事業の運営を民主化するよう特段の配慮をすること。
ところが昭和三五年五月一一日谷本工業株式会社社長谷本弘が被申請人の常務理事として就任するに及び、同日被申請人は組合及びその本部組合である広島一般労働組合に対し、昭和三一年二月四日締結の労働協約が無効であること、また昭和三四年一二月二六日締結された前記協定を破棄する旨通告し、このため組合はこれに対抗して広島県及び広島地方労働委員会に対しスト予告を行つた。かように事態が深刻となつたため広島県知事がこの紛争解決に乗り出すこととなり、これに対応して、昭和三五年五月一七日被申請人は同月一一日になした右協定無効並に協定破棄の通告を撤回し、組合も前記スト予告を取消した。その後同月二二日広島県、被申請人及び組合の三者をもつて三者協議会が構成され、今後は三者協議会において労使間の紛争を協議解決してゆく旨の申合せが出来た。
しかるに、被申請人は同年六月一一日申請人児島に対し
(1) 大学に入つていないのに大学に通学した如く履歴を詐称して就職し優位な俸給を取つたこと。
(2) 右の件を指摘されたとき、自ら被申請人協会の備えつけ書類中より自己の履歴書を無断で抜取り、書きかえた履歴書を無断でそう入したこと。
(3) 会計係の職務を利用して公金の横領、寸借詐欺等刑法に触れる行為をしたこと。
(4) 昭和三五年三月三日谷本工業株式会社の労働争議の際その団体交渉にのぞみながら、出勤した如く上司を欺いて当日の賃金を不当に取得したこと。
以上の理由で懲戒解雇する旨通告した(解雇事由及びその通告の点は前示の通り当事者間に争がない)ので、同月一三日組合は再びスト予告を行つたが、同月二一日広島県知事のあつせんにより被申請人と広島一般労働組合との間に次の如き協定が成立し、広島県労政課長後藤忠夫及び広島県労会議々長浜本万三立会の下に、その旨の確認書を作成した。
「(1) 六月一一日に出した申請人児島の懲戒解雇通知、六月一三日出した組合のスト予告は九月三〇日迄は効力を発生させないことを確認する。
(2) 夏季手当は双方平和的に解決する。
九・三割の件についても平和的な進行の中で双方認めるべきは認める。
(3) 新労働協約については両者互譲の精神に則り、可及的速に締結するものとする。
(4) 総ての紛争は三者協議会において、お互いの立場を尊重し、誠意をもつて速やかに処理するものとする。協議の整わないものは一切実施しない。」
その後十数回に亘つて三者協議会が開催されたが、被申請人の申請人胡子に対する解雇の予告、新職員二名の採用問題等から、労使間の紛争は解決とは逆に一層深刻となつていつた。こうして同年八月二五日には広島県も右三者協議会による紛争解決を断念し、これから手を引くことになつたので、ここに三者協議会は解散を余儀なくされ、労使の対立は収拾し難い状態となつた。
そして、同年一一月二五日、申請人ら全員は広島地方検察庁より、同年八月二九日被申請人の谷本理事らに対して暴行を加えた疑により、暴力行為等処罰に関する法律違反の罪で起訴された。一方、被申請人は従来の就業規則を改正し、「職員が刑事々件に関し起訴されたときは休職にする、この改正規則を同年一一月二五日から施行する」旨定めた。そして同日労働基準法第九〇条第一項にもとづき組合に対して同月三〇日迄に右改正についての意見を提出するよう照会するとともに、同月三〇日静養院の掲示場に右改正規則を公示し、更に一二月五日広島労働基準監督署長に右改正の届出を行つた。そして、その後同年一二月一三日、被申請人は申請人児島を除くその余の申請人らに対し、右改正規則を適用し前記起訴を理由として同日付で休職処分に付する旨通告した。以上の事実が疏明される。なお証人谷本弘の証言中右認定に反する部分は信用しない。
三、そこで次に、申請人児島に対する本件懲戒解雇の効力について判断する。
申請人児島は昭和二九年被申請人協会に雇傭され、会計事務を担当してきたのであるが、昭和三一年被申請人の従業員が労働組合を結成するやその書記長となり、翌年組合長に就任し、次いで広島一般労働組合広島厚生事業協会支部支部長として積極的に組合活動を行い、且つ広島一般労組に属する前記谷本工業株式会社の従業員の行つた争議に際しても右争議の支援に尽力した。また組合も申請人児島を中心として、これ迄再三に亘つて被申請人の経営方針或いは労務対策に批判を加え、これに抗争してきたため、被申請人の理事らは組合なかんずく支部長たる申請人児島の存在をこころよく思わず、同人を静養院から放逐しようという考えを抱くに至つた。昭和三四年六月ごろ組合員の一部が組合を脱退していわゆる第二組合を結成したが、爾来被申請人はとかく第二組合を優遇し、昭和三三年度年度末手当、昭和三四年の夏季手当の支給等につき、この点が顕著であつたため、これがまた新労働協約の締結問題と併せて被申請人と組合間の大きな紛争の原因となつていた。そして、昭和三四年一二月一九日この問題で双方が対立しているさ中、被申請人は申請人児島及び書記長たる申請人南を就業規則第三七条に基き解雇する挙に出たのであるが、申請人児島に対する解雇理由は
(a) 昭和三四年七月三〇日被申請人の所有金を無断で費消し、被申請人に損害を与えた。
(b) 日本大学に修学した事実がないのに日本大学三学年を中途退学した如く履歴書を偽つて記載し、有利な条件で採用され、且つ有利な待遇を受けようとした。
(c) 従業員としての服務に度々違反した。
というのであつて右(a)、(b)の事由は今回の本件懲戒解雇事由たる前示(3)、(1)とほぼ同一であつた。
しかし、その直後紛争の解決にあたつていた吉田あつせん員らの仲介で被申請人と組合が話合つた結果、翌二〇日被申請人は右解雇通告を白紙で撤回し、次いで、同月二六日組合と被申請人との間に前に設定した如き協定が成立するに至つた。以上の事実を疏明し得る。
右の通り、被申請人は申請人児島に対する解雇通告を撤回しているのであるから、右(a)、(b)の事由に基いては同人を解雇しないことを了承したものといわねばならぬ。しかるに被申請人は昭和三五年六月一一日申請人児島に対し本件懲戒解雇処分を行つたのであるが、その解雇の理由である前示(1)ないし(4)の事由のうち、(1)(経歴詐称)と(3)(公金横領等の不正行為)は前記の如く(b)、(a)とほぼ同一の事由であり、新たに解雇理由として追加された(2)(履歴書の差替え)及び(4)(谷本工業株式会社の争議参加による賃金一日分の不当取得)の各事由は、仮にそのような事実が存在したとしても、右(a)、(b)に対比すれば、その違法性は遙かに軽微なものである。従つて、被申請人において右(a)、(b)の各事由に基いては申請人児島を解雇しないことを一旦了承した以上、右各事由に、これより遙かに軽微な右(2)、(4)の各事由を加えても、これを以て申請人児島を懲戒解雇すべき十分な理由があるものとなすことは首肯し難いところであつて、その解雇の主たる動機は他に存することを推測せしめるものである。以上に疏明せられた諸事情から判断すれば、本件懲戒解雇の理由として表示された前示(1)ないし(4)の諸事由は単なる口実に過ぎず、その決定的な理由は、被申請人が申請人児島の前示の如き積極的な組合活動を嫌悪し同人を静養院より排除してその組合活動を阻止しようと意図した点にあるものと認めるのを相当とする。しからば、本件懲戒解雇は、同申請人の正当な組合活動を理由に同人に不利益な処分をしたことになるから、不当労働行為として無効である。
四、次に申請人児島を除くその余の申請人らに対する休職処分の効力について検討する。
まず改正就業規則が改正の効力を生ずる時期の点であるが、労働基準法は就業規則の制定ないし改正の手続について(1)労働組合又は労働者の意見を聴くこと、(2)行政官庁に届出ること、(3)労働者に周知させることを規定している。ところで当該就業規則が効力を生ずるためには、それが新たに個々の労働契約の内容となるものである関係上、何らかの方法で公にされ、労働者に周知せしめる機会を与えられることを必要とすると解すべきところ、先に疏明された如く本件の改正手続中労働基準法の要求する右手続のなされたのはいずれも昭和三五年一一月二五日以降のことであり(組合に対する照会も回答期限は一一月三〇日である)、また静養院の掲示場に掲示されたのも一一月三〇日であることからすると、少くとも本件改正就業規則の施行日と定められた同年一一月二五日には未だ改正の効力は生じていないものといわねばならない。
とすれば、同年一一月二五日に刑事々件で起訴された者に対し、右改正規則を適用することは効力を遡及させてはじめてなしうることである。そして、休職者は、その俸給が月額の半分しか支給されないことになるから、休職処分が被処分者に不利益なものであることは明らかである。ところで、かように被処分者に不利益を与える規則を一方的に遡及適用することは許されないと解すべきであるから、本件改正就業規則による休職処分は不適法であつて効力を生じていないものというべきである。この点につき、被申請人は仮に本件改正が一一月三〇日以降に効力が生ずるものであるとしても、前記申請人らに対する起訴の効力は本件休職処分の行われた同年一二月一三日にも持続しているのであるから、その効力を遡及させなくても処分は可能である旨主張するが、一般に刑罰法令の効力不遡及或いは一方に不利益な法令、規則の効力不遡及の原則とは、当該法令の制定ないし改正以前においては一方に不利益をもたらさなかつた事実を、事後において法令を制定ないし改正した上、これを捉えて不利益を加えることを禁止する原則をいうのであつて、本件の場合もこの原則があてはまると解すべく、同年一二月一三日においても右申請人らに対する起訴の効力が存続していたことは明らかであるが、それはあくまで就業規則改正前になされた起訴の効力なのであるから、被申請人の見解は採用できない。
五、ところで、被申請人は改正就業規則第五六条の二第一項第二号にもとづく前記申請人らに対する休職処分が右の如き理由で無効であつても、従前からある就業規則第五七条、第三七条第二号により刑事々件で起訴された右申請人らを休職処分に付することは可能である旨主張するのでこの点について判断する。
成立に争いのない乙第一一号証、乙第二〇号証によれば、就業規則第五七条は職員に対する懲戒処分に関する規定であつて、懲戒処分として戒告、減給、解職の三種を定めており、同第三七条は解雇に関するものであつて、前示改正前の就業規則には休職に関する定めのないことを疏明し得る。前示の如く、休職処分は従業員に不利益なものであつて、殊に起訴を理由とする休職処分の如きは、その実質上懲戒処分とほとんど異ならないものである。元来、使用者と労働者との間の雇傭関係は、権力支配の関係ではないのであるから、使用者が当然一方的に労働者に対し懲戒権を有するものとはいえない。労働者が使用者との労働契約により使用者の懲戒権を承認することによりはじめて使用者は労働者に対し右契約上の懲戒権を行使し得ることになるのである。そして、就業規則は労働契約の内容をなすものであるから、使用者は就業規則に懲戒権についての定めある場合には、その規則に明示せられた懲戒処分の外、一方的に任意の懲戒処分を行うことは許されないというべきである。前示の如く、改正前の被申請人の就業規則には懲戒処分としての休職に関する定めがないのであるから、被申請人は同規則第五七条を根拠にして右申請人らに対し懲戒としての休職処分を行い得ないことは明らかである。また前示の如く本件休職処分は懲戒処分に類する不利益な処分であるから、同規則第三七条により解雇権が認められているからといつて、就業規則中の明文の根拠なしに被申請人において右申請人らが刑事々件で起訴せられたことを理由に同人らを休職処分に付することも許されないものといわねばならない。従つて、被申請人の前記主張は理由がない。
六、次に被申請人の事業場閉鎖による事情変更の主張について判断する。本件全疏明によつても、被申請人が静養院の事業場閉鎖を行つた昭和三六年一月二〇日現在、組合が争議行為に入つていたことが疏明されない。とすれば、右事業場閉鎖は組合の争議行為突入以前に一方的且つ先制的になされたものというべく、かような攻撃的事業場閉鎖は、使用者に許された争議権の限界を逸脱するもので不適法であるから、適法な事業場閉鎖を前提とする右主張は理由がない。
七、次に、被申請人の特別事情の主張について判断する。申請人沢田を除くその他の申請人らが、昭和三七年五月一五日広島地方裁判所において、被申請人専務理事谷本弘に対し暴行を加えた罪により有罪判決を受けたことは当事者間に争いがない。成立に争いのない甲第八三号証によれば、右有罪判決により申請人児島は罰金八、〇〇〇円に、申請人南波は罰金六、〇〇〇円に、その他の申請人らは各罰金四、〇〇〇円に処せられ、申請人胡子、三吉、柏、田中の四名に対しては右刑の執行を猶予せられたこと並びに右暴行事件は賃金支払をめぐる労使間の紛争の際に惹起された偶発的事件であつて、被申請人の信用或は名誉を傷付ける如き破廉恥な犯罪事件ではないことを疏明し得る。前示の如く申請人児島に対する本件懲戒解雇処分及びその他の申請人らに対する本件休職処分がいずれも無効である以上、被申請人と申請人児島との間には雇傭関係が存続し、またその他の申請人らについては休職処分を受けないままの状態が存続していることは明らかである。そして、申請人沢田以外の申請人らが前示罰金刑に処せられても、労働契約上の義務の履行には何等支障を生ぜず、また被申請人の信用を害されるおそれも少いのであるから、右有罪判決以後も引続いて右申請人らを通常の従業員として取扱い、これに仮に賃金を支払つたからと言つて、被申請人がこれがために特に異常な損害を受けるものとは認め難い。勿論いかなる意味においても暴力の行使は許されないところであり、労使の交渉に際して暴力を振うごとき労働者を雇傭することが使用者にとつて好ましくないものであることは明らかであるけれども、前示有罪判決のなされた事実を目して、原決定を取消すべき特別の事情にあたるものとなすことはできない。従つて、被申請人の主張は理由がない。
八、弁論の全趣旨により成立を疏明し得る甲第一七ないし第二六号証、成立に争のない甲第六七号証、乙第一八号証によれば、申請人らはいずれも被申請人協会に勤務して得る賃金収入により家庭生活を営んでいるものであつて、右収入が絶たれた場合は日々の生活にもこと欠く状態にあること、および本件の各処分により申請人児島は無収入となり(もつとも同人の妻の収入が月額九、〇〇〇円あるが)、その他の申請人も俸給の半額しか支給されなくなつたが、被申請人は昭和三六年一月一七日事業場閉鎖を宣告して以来、その半額も支給していないことが一応認められる。被申請人は申請人らが資金カンパを受け、或いは労働金庫から融資を受けているから生活には困らない旨主張するが、右主張事実を疏明する資料がない。従つて申請人らの著しい損害を避けるためには被申請人をして同人らの地位を保全且つ未払分の賃金の支払をなさしむべき緊急の必要性がある。そして、弁論の全趣旨によれば申請人らは毎月二八日限り一ケ月につき別紙債権表記載の金員を給料として支給されていたこと及び申請人児島は昭和三五年九月一日以降、その他の申請人らは昭和三六年一月一日以降右給料の支払を受けていないことが疏明される。従つて、申請人らの申請の範囲内において、被申請人に対し、申請人児島を従業員として、またその他の申請人らを休職中でない従業員としてそれぞれ取扱い且つ申請人児島に金六〇、九九〇円及び申請人らに昭和三六年一月一日以降本案判決確定まで一ケ月につき別紙債権表記載の金員を毎月二八日限り仮に支払うべきことを命じた原決定は相当であるから、これを認可することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法第八九条を適用して主文のとおり判決する。
(裁判官 松本冬樹 千種秀夫 宮本増)
(別紙)
債権表
児島弘
二〇、三三〇円
綿木信二
一〇、一四五円
南清澄
二〇、八五七円
三吉和人
一四、六九四円
胡子忠義
一一、二五八円
田中正典
七、七四七円
沢田正太郎
二五、〇一四円
柏孝行
一一、六八七円
南波億美
一二、八〇三円